MMMが「戦術」から「戦略」へと変化している背景
2026年に入り、マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)の位置づけが大きく変わってきています。これまで多くの企業がMMMを「過去の広告効果を振り返るツール」として使ってきましたが、今では「未来の投資判断を支える戦略ツール」として活用される時代になったんです。
この変化の背景には、世界の広告市場の急成長があります。電通グループの調査によると、2026年の世界の広告費は初めて1兆米ドルを超える見通しで、2025年の9,891億米ドルから大幅な増加が予測されているんですね。つまり、これだけ巨額の投資が動く中で、「なんとなく」や「勘」でマーケティング予算を決められる時代は完全に終わったということです。
実際、弊社でお手伝いしている製造業のクライアント(従業員数約50名)でも、「今まで展示会に年間300万円かけていたけれど、本当に効果があるのかわからない」という相談をよく受けます。このような企業では、MMMを導入することで各チャネルの実際の貢献度を数値で把握し、より効率的な予算配分を実現できるようになったんです。
マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)は、テレビCM、WEB広告、店頭販促など複数のマーケティング施策の効果を統計モデルで分析し、売上への貢献度を定量化する手法です。「どの施策にいくら投資すべきか」を科学的に判断できるようになります。
PayPayが示すインハウス運用の威力
MMMの戦略活用で注目すべき事例がPayPayです。同社では、MMM運用をインハウス化することで、月次での最新分析アウトプットを可能にし、変化の速い市場環境にタイムリーに対応できる体制を整えています。
これまでのMMMは、外部の専門会社に依頼して「四半期に一度レポートをもらう」という運用が一般的でした。でも、それだと市場の変化に対応するには遅すぎるんですよね。PayPayのように月次で分析結果を出せれば、「先月のキャンペーンの効果が予想より低かったから、来月の予算配分を見直そう」といった機動的な判断が可能になります。
リテールメディア台頭で複雑化するマーケティング環境
MMMが重要性を増しているもう一つの理由が、マーケティングチャネルの複雑化です。CARTA HOLDINGSの調査によると、日本のリテールメディア広告市場は2026年に1兆3,174億円に達する見込みで、2025年の6,066億円から倍以上の成長が予測されています。
リテールメディアというのは、AmazonやYahoo!ショッピングなどのECプラットフォーム内で展開される広告のことです。従来のテレビCMやWEB広告に加えて、こうした新しいチャネルが急拡大している状況では、「どこに予算を振り分けるのがベストなのか」を判断するのがますます難しくなっているんです。
300社以上の支援を通じて感じるのは、多くの中小企業が「チャネルが増えすぎて、どこから手をつけていいかわからない」という状況に陥っていることです。だからこそ、MMMのような科学的なアプローチが必要になってきているんですね。
中小企業がMMMで陥りがちな「戦術的な使い方」の罠
ここで重要なのは、多くの企業がMMMを「戦術的なツール」として使ってしまっているという点です。戦術的な使い方というのは、「過去3ヶ月のテレビCMの効果はどうでしたか?」「WEB広告のROI(投資収益率)は何倍でしたか?」といった個別施策の振り返りに留まってしまうことなんです。
もちろん、過去の効果を知ることも大切です。でも、それだけだとMMMの真の価値を活かしきれていません。本来のMMMは、「来期の予算を10%増やせるとしたら、どのチャネルに配分すべきか?」「競合が新商品を出してきた場合、どの施策で対抗すべきか?」といった未来志向の戦略判断に使うべきツールなんです。
実例:地方の工務店のケース
以前お手伝いした地方の工務店さん(年間売上約3億円)の話をしますね。当初、この会社では「折り込みチラシの効果が悪くなってきた」という理由でMMMの導入を検討されていました。つまり、チラシというひとつの施策を分析したいという戦術的な発想だったんです。
でも実際にMMMを導入してデータを分析してみると、意外な結果が出ました。確かに折り込みチラシ単体の効果は下がっていたのですが、チラシをきっかけにホームページを見て、さらにSNSで口コミを確認してから問い合わせをするという「カスタマージャーニー」ができあがっていたんです。
つまり、チラシをやめてしまうと、このジャーニー全体が崩れてしまう可能性があった。結果的に、チラシは継続しつつ、ホームページとSNSの投資を増やすという戦略的な判断を下すことができました。6ヶ月後、月間問い合わせ数は従来の18件から32件まで増加したんです。
業種: 地方工務店(年商3億円) / 課題: 折り込みチラシの効果低下 / 施策: MMM導入でカスタマージャーニー全体を分析 / 結果: 月間問い合わせが18件→32件に増加
戦術的思考から戦略的思考への転換ポイント
MMMを戦略的に活用するためには、発想の転換が必要です。「このチャネルはダメだった」で終わるのではなく、「このチャネルの役割は何で、どうすれば最適化できるか?」と考える習慣をつけることが大切なんです。
実際、前職でデータ分析をやっていた経験から言うと、データ分析で一番難しいのは「データを読む技術」ではなく、「データから何を読み取るべきかを知る」ことです。同じデータを見ても、戦術的な視点で見る人と戦略的な視点で見る人では、まったく違う結論に到達することがよくあります。
マーケティング分野でも同様で、アナリティクス分析結果を売上につなげる実践術で解説したように、分析結果をビジネス成果に結びつけるためには、データを戦略的な文脈で解釈する能力が不可欠なんです。
経営層が押さえるべきMMM活用の10の重要ポイント
では、MMMを戦略的に活用するために、経営層や事業責任者が押さえるべき重要なポイントを見ていきましょう。業界の専門家が提唱する10の重要ポイントを、中小企業の実情に合わせて解説していきます。
1. 経営戦略とMMMの連動性を確保する
まず最初に重要なのは、MMMの分析結果を経営戦略と連動させることです。多くの企業では、マーケティング部門がMMMを導入して、分析結果をレポートとして経営層に提出するだけで終わってしまいます。でも、これでは宝の持ち腐れなんですよね。
弊社で支援したBtoB SaaSのスタートアップ(従業員15名)では、月次の経営会議でMMMの結果を必ず議題に入れるようにしました。「来月の売上目標を達成するために、どのチャネルにいくら投資すべきか」をMMMの結果をもとに全社で議論する仕組みを作ったんです。
その結果、従来は「なんとなく各部門が好きなように使っていた」マーケティング予算が、明確な根拠をもって配分されるようになりました。半年後、月間のリード獲得数は2.3倍に増加し、営業チームからも「質の良いリードが増えた」という声が上がるようになったんです。
2. KPI設定を売上直結型にする
次に重要なのが、KPI(重要業績評価指標)の設定です。MMMを戦術的に使ってしまう企業の多くは、「インプレッション数」「クリック率」「CPA(顧客獲得単価)」といった中間指標をKPIにしています。
でも、本当に重要なのは最終的な売上や利益への貢献です。MMMの強みは、各チャネルの売上への直接的な貢献度を測定できることなので、この強みを活かさない手はありません。
| 従来のKPI(戦術的) | MMM活用のKPI(戦略的) | 効果 |
|---|---|---|
| クリック率の改善 | 売上貢献度の最大化 | 真の投資効率が見える |
| CPA(顧客獲得単価)の削減 | LTV(顧客生涯価値)の向上 | 長期的な収益性を重視 |
| 個別チャネルの最適化 | チャネル間の相乗効果 | 全体最適の視点 |
3. インハウス体制の段階的構築
PayPayの事例でも触れましたが、MMMの効果を最大化するにはインハウス運用が理想です。ただし、いきなり全てを内製化するのは現実的ではありません。特に中小企業では、段階的なアプローチが重要になります。
まずは外部パートナーと協力しながらMMMの基盤を構築し、徐々に内製化のレベルを上げていくのがおすすめです。最初の6ヶ月から1年は専門会社にお任せして、その間に社内でデータ分析の知識を蓄積していく。そして、基本的な分析は内製で行い、高度な分析は外部に依頼するというハイブリッド型の運用に移行していくんです。
成功するMMM組織の作り方 ── 「ビジネス翻訳力」が鍵
MMMを戦略的に活用するために欠かせないのが、適切な組織体制と人材育成です。特に重要なのが「ビジネス翻訳力」と呼ばれる能力なんです。
ビジネス翻訳力というのは、MMMの分析結果を経営判断に活かせる形で解釈し、関係者にわかりやすく説明する能力のことです。データサイエンスの知識だけでも、ビジネスの知識だけでも不十分で、両方を橋渡しできる人材が必要になります。
組織に必要な3つの役割
MMMを成功させるために、組織には3つの役割を担える人材が必要です。まず「データアナリスト」つまり、実際にMMMのモデルを構築し、分析を実行できる人材です。次に「ビジネストランスレーター」分析結果を経営判断に活かせる形で解釈し、具体的なアクションプランに落とし込める人材。そして「ステークホルダーマネージャー」各部門の責任者や経営陣に対して、MMMの価値と必要性を説明し、組織全体での活用を推進できる人材です。
中小企業では一人が複数の役割を兼務することも多いですが、この3つの機能は必ず組織内に確保する必要があります。特にビジネストランスレーターの役割は重要で、この役割を担える人材がいないと、どんなに優秀な分析結果が出ても、実際のビジネス判断に活かされないことが多いんです。
データ分析の結果を、経営陣や現場スタッフが理解できるビジネス言語に「翻訳」し、具体的なアクションプランに落とし込める人材のことです。技術的な専門知識とビジネス感覚の両方を持っている必要があります。
実際の人材育成事例
以前支援した地域密着型の不動産会社(従業員30名)では、営業部長の方にビジネストランスレーターの役割を担ってもらいました。この方はもともと数字に強く、営業現場の実情もよく理解されていたので、適任だったんです。
最初の3ヶ月は、外部の専門会社と一緒にMMMの基礎知識を学んでもらいました。統計的な詳細まで理解する必要はないのですが、「MMMで何がわかるのか」「結果をどう読み取るべきか」「どんな判断に活用できるのか」といったポイントを重点的に習得してもらったんです。
結果として、半年後にはその営業部長がMMMの結果をもとに「来月は新築よりも中古物件の販促に予算を振り向けるべきです」といった具体的な提案を経営陣に対して行えるようになりました。従来は「なんとなく新築推し」だった販促戦略が、データに基づいた戦略的なものに変わったんです。
AIとデータ統合技術がもたらすMMM導入の敷居低下
2026年現在、MMMの導入は以前と比べて格段に容易になっています。その背景にあるのが、AIとデータ統合技術の進歩です。
従来のMMMでは、各チャネルのデータを手動で収集し、統計ソフトで複雑なモデルを構築する必要がありました。これには専門的な知識と大量の時間が必要で、多くの中小企業にとっては現実的でなかったんです。
しかし今では、Google Analytics、Facebook広告、YouTube広告などの主要なプラットフォームからデータを自動で収集し、AI が最適なモデルを構築してくれるツールが登場しています。もちろん、完全に自動化されているわけではありませんが、導入の敷居は大幅に下がっているのが現状です。
中小企業でも始められるMMMツール
実際、弊社のクライアントの中でも、従業員10名程度の小規模な企業でMMMを活用している事例が増えています。重要なのは、「完璧を求めすぎないこと」です。
大企業のように全てのチャネルを網羅したMMMを最初から目指すのではなく、主要なデジタルチャネル(Google広告、SNS広告、SEO など)から始めて、徐々に分析対象を拡張していく。このような段階的なアプローチなら、中小企業でも十分に活用できるんです。
AIエージェント時代のマーケティング変革で詳しく解説したように、AI技術の進歩によってマーケティングの自動化と高度化が同時に進んでいます。MMMもその恩恵を受けているツールのひとつと言えるでしょう。
正直なところ、5年前だったら「MMMは大企業向けの高級なツール」と言っていたと思います。でも今は違います。適切なアプローチを取れば、中小企業でも十分に活用できる現実的なソリューションになっています。
2026年のマーケティング投資環境とMMM活用の必然性
最後に、なぜ2026年の今、MMMの戦略的活用がこれほど重要になっているのかを整理しておきましょう。
まず、マーケティング予算に対する説明責任が格段に厳しくなっています。世界の広告費が1兆米ドルを超える規模になる中で、「この投資は本当に意味があるのか?」という問いに対して、感覚的な答えではなく、データに基づいた答えが求められるようになったんです。
また、リテールメディアの急成長に象徴されるように、マーケティングチャネルがますます多様化しています。テレビ、新聞、ラジオといった伝統的なメディアに加えて、Google、Facebook、YouTube、Amazon、さらには TikTok や Instagram などのSNSプラットフォーム。これだけ多くの選択肢がある中で、「どこに投資すべきか」を直感だけで判断するのは不可能に近いんです。
プライバシー規制強化がもたらす変化
さらに、プライバシー規制の強化も重要な要因です。Cookie規制やIDFA(iOS広告識別子)の変更により、従来の個人レベルでの効果測定が困難になっています。このような状況では、個人を追跡しない集計レベルでの分析手法であるMMMの価値が相対的に高まっているんです。
実際、以前支援したECサイト運営会社(アパレル系、従業員25名)では、iOS14.5のアップデート以降、Facebook広告の効果測定が困難になったことをきっかけにMMMの導入を決断されました。個別のユーザー追跡ができなくなったぶん、統計的な手法で全体の効果を把握する必要が生じたためです。
| 従来の効果測定 | MMM による効果測定 | プライバシー対応 |
|---|---|---|
| 個人レベルでの追跡 | 集計レベルでの分析 | 規制に対応 |
| Cookie に依存 | Cookie に依存しない | 将来性あり |
| 短期的な効果のみ | 長期的な効果も測定 | 戦略的価値 |
競争優位性の源泉としてのMMMの価値
こうした環境変化を踏まえると、MMMの戦略的活用は「やれるならやった方がいい」ではなく、「やらないと競争に負ける」レベルの重要性を持っていると感じています。
特に中小企業では、大企業と比べて限られた予算の中で最大の効果を上げる必要があります。だからこそ、科学的な根拠に基づいた投資判断の重要性が高いんです。MMMを活用して効率的な予算配分を実現できる企業と、従来通り直感的な判断に依存する企業との間に、今後大きな差が生まれてくるでしょう。
まとめ:MMM戦略活用への第一歩
ここまで見てきたように、2026年のMMM活用は単なる効果測定を超えて、経営戦略を支える重要なツールとして位置づけられています。PayPayのようなインハウス運用を目指すにしても、まずは外部パートナーとの協力から始めるにしても、重要なのは「戦略的な視点」を持つことです。
300社以上の支援経験を通じて感じるのは、成功する企業とそうでない企業の違いは、技術的な高度さではなく、「MMMをビジネス成果に結びつける組織能力」にあるということです。ビジネストランスレーター的な人材を育成し、経営層がMMMの価値を理解し、全社でデータドリブンな意思決定文化を醸成する。これらの要素が揃って初めて、MMMは真の威力を発揮するんです。
もしあなたの会社でも「マーケティング投資の効果がよくわからない」「予算配分を科学的に決めたい」と感じているなら、まずは主要なデジタルチャネルから始める小さなMMMプロジェクトを検討してみてください。完璧を求めずに、段階的に取り組んでいけば、必ず成果は見えてくるはずです。

